視線恐怖を発症したきっかけから治癒まで

2018-02-01

中学の時に視線恐怖を発症してから30年という時間を費やしてしまいました。戦いが終わった今、同じ思いで苦しまれている方にお伝えできることはないかと思って体験をまとめてみました。

発症のきっかけ

きっかけは、塾でのささいな出来事でした。いつも通り黒板を見ていたら、

「あ、こっち見てる」

と右後ろから声が聞こえたので「何?」と反射的に振り返ったら、その声の主と目が合った。

ん?何?

なんかよく分からないけど自分のことを言ってるのかな、、、

その後、誰かが「やめろよ」とその声の主に話しかけてその場面は終わりました。

声の主は違う学校に通っていて話したことがなかったので、「あれって何だったの?」とか「どういう意味なのか」とか確認することはありませんでした。

その日は普通に授業を受けて帰宅。何も変わったことはなかったのですが、どこか心の隅に「こっち見てる」という言葉が残りました。

その塾は座席が決められてい自由に選ぶことはできません。いつも通り授業を受ければ、いつも通り右後ろに「その人」はいます。

また同じこと言われるのがちょっと嫌だったので「右を後ろを見ないようにしよう」と少し右後ろを意識するようになった、これがきっかけなのです。

周りを気にするようになった

「右後ろを見ないように」と意識すると誰でもそうであるように、右後ろが気になるのです。「ピンクのゾウ」をイメージしないで!と言われると、瞬時に頭の中に「ピンクのゾウ」が浮かぶのと同じです。

「右を意識するなという自分」と「意識しちゃう自分」との間で戦いが始まりました。心の中は常に戦争状態です。これまで何の苦労もなく黒板を見ていたのが噓のよう。「黒板をみる」という単純作業が、分裂した自己の戦場となりました。

どうやったら普通に黒板を見られるんだっけ?どうやって正面を見るんだっけ?とちょっと普通では思いつかないような思考になりました。

どうしても見ないといけないときは顔を一瞬だけあげて見て、あとは下を向く。「見てる!」って言われないように眼球の向きを常に気にしているので、目がとても疲れました。

授業中が苦痛で苦痛でたまりません。

何とかして元の正常な思考に戻したかったけど、どうすればいいのか、どう向き合えばいいのか分からずに悩みました。

街中でも、電車でも、レストランでも「見てる!」って言われるのが怖くて、視界の端を気にします。景色や美味しい料理を楽しむどころではありません。

すれ違う人みんなに笑われているように感じていましたし、ひそひそ話しているのを見かければ「あいつ変だぜ」とか言ってるのだろう?と勝手に思い込んでは嫌な気分になりました。

そんな不思議な行動をする自分に違和感を感じる友達も、当然出てきます。それまで仲良かったのに距離を取り始めます。その数は次第に増えて、学校に居場所がなくなりました。

休み時間中も落ち着きません。思い切って先生に相談しても「???」という感じで困りました。

当時はネットもスマホもなくて、検索して調べることもできない。こんな変な病気を理解できる人なんていないのでは?とても孤独でした。

社会人になってやりくり出来なくなった

大学生時代は一人暮らしで、いくらかは気楽でした。悩みは相変わらずでしたがジョギングに助けられました。運動でストレス発散できることを学び、サークルやバイト、ゼミに精を出してそれなりに学生らしい生活を送っていました。

バイトは友人の紹介で力仕事です。デスクワークは相変わらず苦手だったので避けました。じっとしていると視界が気になるし、走っていたので体力だけは自信がありました。

また、一人で数式に向き合うのは嫌いではなかったので、勉強も自分なりに頑張れました。就職試験や面接も無事に乗り切って内定をいただけました。

相変わらず視界は気になるものの、自分ができることを精一杯やりつづけて人並みの結果を出せたことで、少しばかり自信も出てきました。

しかし甘かった。朝から晩まで超苦手なデスクワークと打ち合わせ。もうストレスMAXです。ジョギングする時間も取れなくなって、視線恐怖で苦しんだ中高時代の戦場感覚が戻ってしまいました。

「仕事中は視線を気にしている場合ではない」、「そんなことは分かっている!」と終わりのない内戦状態・・・

どうしたら脱出できるんだこの無限ループ。

「くそーー!これさえなければ、完璧にこなせるのに!」

毎日が悔しくて悲しかった。疲れ果ててついに職場の産業医さんに相談しました。そして提携している心療内科でカウンセリングを受けることになったのです。

期待外れのカウンセリング

これでもう治る!人生が変わるぞ!と期待いっぱいでした。専門家の適切なアドバイスがあればもう鬼に金棒だと思い込んでました。

しかし実際のカウンセリングは想像とはだいぶ違って、「そうだったんだ、そうなんだね」と相槌を打つだけでした。「そうなんだ~」と言われても・・・

何でも話せるという安心感はありましたけど、良くなっているという実感が全くない。医療保険も使えないので毎回8000円(1時間)の現金払い。

これで気づきが得られたり前向きになれればいいのですが、何も変わりません。なんだか時間とお金の無駄に思えて1年くらいでやめました。

一方、処方してもらった薬を飲むと頭がぼーっとします。緊張や不安が頭の中で伝達されないような感じですが、喜びも伝達されない感じでのっぺらぼうの様な雰囲気になります。

それを見た方に「若いのに落ち着いていますね」と指摘されたことがありますが、そんな感じで頭や心が無反応状態になってしまうのです。

頭が働かないので仕事も行き詰りまり、治療も行き詰って心も体も限界に感じました。毎朝嘔吐するようになって身体がもたないので、不本意ながら退職することにしました。

退職後の日々に救われた

すでに結婚して共働き家庭でしたので家事育児の担当になりました。半年ほど自宅静養してパートを始めました。

楽になるかと思ったら自分の時間がこれまで以上に少なくなりました。ギャーギャー泣く乳幼児にこちらの事情が通じるはずもなく、オムツを変えて抱っこして、ミルクを作って着替えさせて、離乳食を作って食べさせてと休む暇がない。

慣れない子育てでヘトヘトになり、寝かしつけるはずが(自称)不眠症のわたしが寝落ちしてしまう。でも意外なことにこれが効果絶大だったのです。

デスクワークのない世界で、目の前のことに必死になっているうちに視界のことを忘れていたのです。

一冊の本との出会い

その後、森田正馬著「自覚と悟りへの道」を読んで自分の悩みの構造のようなものが見えてきました。

見てる!と言われれば誰でも気になるのに、気にしてはいけない!とカッコつけようとしたのがマズかったのです。

気にしないと思えば思うほど、著者が言う「作用反作用の法則」で余計に気になっていたのです。

禁止令の記事にも書きましたけど、そもそも、心の根っこの部分に強い自己否定・無価値感がありました。それゆえに他人の視線や評価をすごく気にしていたのです。

この無価値感にもっと早く取り組んでいれば、30年という長い年月は果たして必要であったのかと思うのです。

我ながらあっぱれというか、よくもまあ取り組み続けたものだとあきれてしまうのです。

まとめ

視線恐怖症を発症したきっかけから治癒までの体験談をご紹介しました。自分の思考の構造に気づくのに30年もかかってしまいました。

自分の心の構造を理解することは本当に大事だとつくづく感じます。

体験談

Posted by ゼロ